やっとこさ!ビザの更新手続きできた!①

3月末からイミグラ(移民局)に通うこと1ヶ月半以上の間に多分10回くらい、やっとマキ以外の4人の滞在許可の延長手続きが終わり、新しいビザのカードが手元に来ました!ヤッホー!

もともと一昨年メキシコ到着後、妻、マキの労働ビザと付帯家族ビザを申請したところ、マキのビザは家族のよりも早く手続きが済み、毎年7月更新となって、家族のビザはだいぶ遅れて発行されて毎年4月更新となったため、今回はメキシコで初めての家族ビザの延長申請だった。(マキは昨年7月に一度延長している)
ちなみに最初のビザ取得、マキの去年のビザ更新の手続き一切合切は、マキの以前の職場の弁護士がやってくれていたのだ。

それらのとき、弁護士から度々これが必要になった、あれが通らない、念のためそれも準備しといて、などの申請手続き中の連絡がしょっちゅう入るような状況で、最初のビザの申請も、マキの延長手続きも、間接的ながらその煩雑さ、面倒臭さを理解したのだった。
何せ、家族のビザにしたって、手にしたのはメキシコに来て申請をはじめて10ヶ月経った後だったから。
数回メキシコシティのイミグラに行ったけれども、朝6時に家を出て、バスと電車を乗り継ぎ、イミグラに着いたら大行列を2時間待って、やっとたどり着いた窓口で、「あなたたちのは、まだ出来てないわ、また来てね」なんて言われたこともあった。
まぁ、メキシコの日本人の方々に聞くと、メキシコのイミグラとはそういうところらしい。

今回は3月末に、それもマキが日本に行っている間にビザを申請しなければならなくなって、メキシコシティのイミグラを思い出しながら、そりゃ、初めてオアハカのイミグラに行く時は足が重かった。
メキシコシティではビザ関係のやり取りは、おおよそのところ、マキの職場の弁護士とマキのやり取りを僕が聞いて意見したりするような、非常に貢献度、関わりともに低い(薄い)状況だったため、情けないことに実際の申請手順、使われるスペイン語の単語もほとんど知らずにいて、あぁ、イミグラで困難な状況に遭いながら(スペイン語の言われている単語がさっぱりわからない、とか)、これまで自分がその辺のことをマキに任せてしまっていたことを後悔するのかな、なんて、実際すでに後悔し始めながらイミグラに向った。
それに、基本的には誰にでも同じ対応の日本と違って、良くも悪くもメキシコの行政の窓口は特に地方に行けば行くほど、人間同士のコミュニケーションになってくる。窓口の人とフレンドリーな関係を築ければうまくいくし、そうできなかったら・・・どうなってしまうのだろう、賄賂とかやだなぁ、窓口での勝負は一瞬だぞ、なんて、相当なプレッシャーもあった。
日本にいる時から、役所、警察、出前注文の電話、どれも敬遠していたことも付け加えておく。

とにかく、イミグラへ向うのに足が重くなる理由はたくさんあった。

あ、ネットで調べた住所片手にイミグラを探している途中、聞いたタクシーの運ちゃんにガセネタをつかまされたりして色々あったけれど、それは割愛する。

イミグラでの勝負に先立って、こちらには一つ有利な条件があって、それは僕が子供三人を連れて、一人は背負い、二人の手を引いている姿で向ったということで、同情をひくというか、窓口の人情を刺激する作戦を、じつは図らずなんだけど実践していた。

イミグラのあった建物
イミグラのあった建物
イミグラのある建物はオアハカの町の中心、大聖堂広場のすぐ目の前にある歴史的建造物で、石造りの入り口をくぐると記帳するところがあって、2階にあるイミグラに上がるようになっていた。

上で色々書いたが、朝9時に家を出て三輪バイク、乗り合いタクシーを乗り継いで街に出て、ガセネタなどに見舞われたこともあり、子供を連れて歩き回ってイミグラに着いたのは13時ちょっと前。いや、その時には、実のところ勝負だなんだという気力は殆ど残ってなくて、まぁ、ダメもとでも取りあえず相談しにきましたー、お手やらわかにー、という感じに、僕は汗にまみれながらなっていた。

というわけで、つまらぬ備忘録だけれど、明日の(?)後半につづく。

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