市場にて財布をすられる


一週間ほど前、市場にて財布をすられた。

場所はオアハカ市街のはずれにある巨大な市場のなか。
屋根の付いた巨大なスペースに物のあふれた大小のお店、露天が詰まっている空間で、食べ物、雑貨、家電などの日常品、工芸品、コピーDVDなど、高級品以外、庶民の暮らしに関わるものならなんでも揃う。だから、いつも人でごった返している。スリも多い。

アメ横のガード下のような路地に小さな雑貨屋が両側に並んでいて、そこを子供の手を両手に引きながら歩いていた。
卵が欲しくて、聞くとあるのは市場中心部の食品エリアらしく、そこに向かっているところだった。
細い入り組んだ交差点、ピーナッツ売り、野菜売りのおばちゃんたちが座って並べてさらに狭まった場所で、さらに向かいから来た3、4人とすれ違った。

ちょっと失礼、とお互い一列になればすれ違えるものの、彼らは通せんぼするかのように固まったまま僕にぶつかってきた。
後ろに子供たちを引きながら、通してくれ、と抜けようとするも、まったくぶつかったままだ。
多分5秒弱くらい、押し問答に(彼らは無言)にイラッとしながら、やっと抜けられて、まったく、とつぶやきながら子供たちを確認。イラッとしてしまった自分に、オイオイ、こんなことくらいで、と突っ込む。

日中30度を超える中、朝から街に出て面倒な用事を済ませ、太陽の下結構歩いて、汗ばんだシャツなんかの不快感、そして子供たちも火照った顔で頑張って付いてくる、そんなこんなに、卵くらい市場じゃなくて、割高でも別のところで買えばよかったな、路地を抜けながらそう思った。
無意識に財布の所在を確認。だいたい少し危なそうな雑踏などではスイッチが入って、気がつく度に、子供を引きながら手の甲でポケットの上から触るっていうのを習慣的にやっている。

その時はズボンの太ももにチャックの付いたポケットがあって、勿論ケツポケットじゃ危ないな、とそこに財布をしまっていた。その前に確かめた時までは。

なかった!チャックも開いていた!やられた!

多分3秒くらい呆然としつつ、子供たちにちょっと待って、と人の少ない路地に入り他のポケット、バッグの中を確かめる。
ああ、無い!

その間に、子供たちは露天のお菓子売りのおばちゃんからそれぞれ飴を貰って、幸せそうだ。
ありがとうは言った?というと、みんな改めておばちゃんにありがとうをして、路地を出た。卵どころじゃないな。

財布が無い、ということを受け入れた。子連れで、みんな疲れているのもあって、ボヤボヤ落ち込んだりする暇はない。アクシデントに僕は強いと思うが、でもやっぱりショックではある。でも子供を見ると奮い立つ。

さっき財布を確認してから、今財布がなくなっているまでの間を振り返ると、無くなったのは、路地ですれ違った、あのイラついてしまったタイミングしか無かった。
意味はないだろう、とは思いつつも、すれ違った場所に戻ることにした。子供たちには、財布が無くなったかも知れないから、無くなったところへちょっと戻ってみよう、と伝えておいた。2、3、4歳でも、色々分かる。共有しておくと、この状況を分かち合える仲間になる。まぁ、気持ちだけでも、いいことだ。

戻っても、やっぱり何も無かった。
その場所にあった露天のピーナッツ屋でヤマが欲しそうにしているとおばちゃんが一袋彼にプレゼントしてくれた。
野菜売りのおばちゃんが来て、エプロンのポケットから小銭をさがして、これでお水を買ってあげて、と僕の手にお金を入れようとした。
お財布無くなったことを見透かされるくらい、悲壮な顔してたのかな、なんて自分の表情を気にしながら、でもお金は返して気持ちだけ受け取った。
ポケットに直接入れていた小銭は無事で、帰りの交通費と水代くらいはあった。
でも、不思議だ。外国人だし、普通お金無いとは思われないんだけど。

それから市場の中にある警察のオフィスを訪ねて、色々なやりとりがあった。
また現場を見に来たり、盗難届を出すために行く必要のある他のオフィスを教えてもらい、そこへまた歩いて行くと、オフィスの中で泣きながら大げんかをしているおばちゃんの仲裁をしていた、多分司法書士みたいな女性が、盗難届はここではなくまた別の警察署に、なんてクタクタになる流れをへて、よし、もういいや、帰ろう!と、やはりクタクタだけど一生懸命付いてきていた子供たちに宣言して、家に帰った。

帰るとハシータとマカーリオの老夫婦が庭仕事に来てくれていて、いつものように大きな愛情で、おつりが出るくらい慰めてくれた。
市場ではマカーリオも前の週にスリにポケットに手を突っ込まれたって。警察もほとんどグルらしい。
ふぅ。

 

その日、朝から僕と3人の子供たちはイミグラ(移民局)に行っていた。マキは日本だった。

片道1時間半、モトタクシーと乗り合いタクシーを乗り継いで街に出たら、一番小さなカントは僕の背負子に入って、二人の子供は手をつないで歩き、イミグラでは順番待ちのあと、1時間以上担当官と話し、何とか住所変更・ビザ更新の算段をつけられたところだった。

あ〜、疲れた、でもほっとした、なんて話しながらイミグラ近くでお昼を食べて、いつもは分けて食べてるアイスを、その日は子供たちに一つずつソフトクリームを買って、セマナサンタで賑わうソカロ(中心広場)を通って、帰りの乗り合いタクシーが出発する、オアハカの中央市場へ向かった。
子供たち、ビザ申請のために連日、イミグラに通う僕に付き合って暑い中一生懸命歩いていた。

もうちょっとだなぁ、と疲れを吐き出しながら、いつもはそのまま市場の脇道から乗り合いタクシーで帰るけれど、卵が切れてるからちょっと買っていこう、と一人背中、二人の手を引いてセマナサンタで雑踏の市場に入っていった。そんな矢先の出来事。

 

メキシコに来て2年近く、その昔ドミニカにいた2年を合わせても初めて犯罪に遭った。油断していた。

子供たちに何も無くて本当によかった。

痛い思いをしないと自分の慢心に気が付けないバカな僕だが、本当に財布で済んでよかった。


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